調査研究

目覚めよ貨幣錯誤の害毒から

                           理事 坂巻資敏

 

1、 Occupy Wall Street

 資本主義が成熟し、リーダーたちが方向感覚を喪失し、宇宙船『地球号』は難破船のように漂流し始めた。米国金融資本主義が編み出した金融工学なる錬金術によって、実体経済と遊離した、ドル紙幣を乱発する経済活性化政策は、リーマンショックにより破綻し、米国国内にその被害は止まらず、日本、欧州や新興国にまで多大な影響を引き起こした。

それに繋がる欧州の経済危機はギリシャの国家破綻に止まらず、欧州全域に暗い影を落としている。

米国では、低所得者層の生命を保護するため、国民健康保険制度を改定した結果、国家予算が大幅に増加し、国債の借り入れ限度枠を増額しないと債務超過に陥ってしまうオバマ政権。二十世紀世界経済を牽引してきた欧米の二大市場が、失速し、失業者の増大、賃下げに遭い、

若者の怒りが爆発してOccupy Wall Streetの抗議デモが発生した。製造業をはじめ、他のサービス業に従事する労働者の賃金や雇用条件が悪化する中で、金融関係者だけが高給を得ている不条理に対する若者の不満が行動になって現れたものである。この抗議行動はニューヨークに止まらず、カリフォルニアや他の州にも、燎原の火のように拡大してゆくであろう。

 日本でも小泉改革の名の下に、米国式グローバリゼーション改革が推進された結果、正社員が激減し、いわゆる「ワーキングプアー」と呼ばれる「派遣社員」が急増した。国税庁が発表している民間給与実態統計調査によれば、年収200万円以下の労働者が給与所得者の中の30/09, 22.9/10と一千万人を越えている。特に女性では42.7/10と約半数がワーキングプアー状態になっている。しかも、ワーキングプアーの大多数が、これからわが国を背負って立つ若者であることを重く受け止める必要がある。また、日本の職業安定所の職業斡旋のルールは、既に社会人として働いた経験者が、再就職をするための斡旋の前提であり、学校を卒業して懸命に就職活動をしても職を得られない新卒失業者は、キャリアーが無いため、職業安定所の斡旋を受けることが出来ない。従って、卒業時に正社員として就職できない人は、一生正社員になれない。就活浪人は、ワーキングプアーとして働くことになる。

 聖徳太子の「和をもって貴と為す」日本人の国つくりの精神からすれば、随分おかしな方向にぶれてきている。

 

2、 貨幣の功罪

 古来、古今東西を問わず「金儲けは卑しい行為」とみなされてきた。キリスト教でも、シェイクスピアのヴェニスの商人のシャイロックに代表される強欲な商人をいましめている。日本でも江戸時代の身分制度では、商人は最下層の身分になっている。昔の賢人は、貨幣の持つ魔力を喝破していたがゆえに「金儲けは卑しい行為」として、人々が貨幣錯誤に陥らないように配慮して来た。

 交易の始まりは、物々交換であったが、交易の便宜を図るため貨幣が誕生した。しかし、金、銀、銅貨であれ紙幣であれ、貨幣それ自体は、人間の生活に必要な衣、食、住の助けにはならない。生活必需品の物々交換のさい、物と等価の貨幣での取引を認める限りにおいて貨幣の価値が生まれる。物と等価で交換が出来ることが貨幣の功である。

 貨幣を用いた交易に慣れてくると、貨幣に真の価値があると錯覚し貨幣を増やすことに夢中になる。やがて、貨幣の力で法を曲げ、より儲かる仕組みを作って政治を私物化する。さらに、貨幣を増やすために他人の物や他国のものを略奪する悪人に変質してゆく。これが貨幣の持つ罪の部分である。欧米人による植民地主義は、人類が犯した貨幣錯誤の大罪であり、金融工学を駆使し、デリバテイブで投機的にお金を儲けている米国式資本主義は、貨幣錯誤犯罪の最たるものである。このことはいずれ歴史の審判が下るであろう。


3、 資本主義の原点

産業革命が勃発し、人々の生活必需品を安価で提供できるという企業活動の功を認め、

資本家が金儲けする卑しい行為が、神の教えの道であるとお墨付きを与えたのが、アダム・スミスの「国富論」であった。A・スミスは、「資本家の金儲け行為は、社会流動資本を増やし、これで国民を新たに雇用し、労働者と失業者の精神的な差別を解消する限りにおいて許される。」と断言している。企業経営は、ステークホルダーのために金を儲けて、高配当することは、神の教えに反する大罪であると明言している。今日、米国式グローバル・スタンダード経営手法は、A・スミスが企業経営にお墨付きを与えた経営路線から逸脱するものであり、これを継続すれば、やがて天罰が下される日がやってくるであろう。

 企業が儲けて納める税金や個人が納める税金も、産業を発展させるための社会インフラを作り、企業業績を上げることに使うことは良いが、その多くは流動資本として企業の新たな雇用創出のために使わなくではならないと。明確に述べている。

 税金の最大の無駄使いは、失業者救済や社会福祉の名目で個人にばら撒くお金であり、国家のお金を個人にばら撒いても、受給者の苦しみの真の救済にはならないと断言している。社会福祉の支援を得ている人が真に求めている支援策は、正規社員として雇用され、自分の力で働いて家族を養っていける生活環境であり、ばら撒きのお金ではない。ばら撒きのお金で、最低限の生命を維持する生活が出来たとしても、自力で自活できない人として社会から蔑視される精神的な苦痛は、解消されないため精神的な福祉政策になっていない。ばら撒き福祉政策は、為政者の自己満足であり、「私は国民のために一生懸命福祉政策をやっています。」と宣伝し、選挙の票を集める選挙運動に過ぎない。真の社会福祉政策は、国民全員に正社員として働いてゆける雇用を提供し、現役で働いている途中で天寿を全うする社会を実現することである。国民全員が生涯現役で働きながら生活できる国が、本当の社会福祉国家であり、国民が幸せな国家である。

 A・スミスの資本主義の原点は、実に単純明快である。

(1)     企業は、人々の生活を便利にする製品、システムやサービスを作って提供する。

(2)     企業の利潤は、国家に納める税金と、社会流動資本として新たな雇用を創出するために使う。

(3)     国家財政は、産業を発展させる社会インフラの建設と、国民の雇用創出に使うべし。

(4)     社会福祉は、個人救済の現金支給でなく、正社員として自力で生活できる雇用の保障である。

(5)     企業活動で生じる経費の無駄と政治家が使う税金の無駄を比べると、圧倒的に税金の無駄使いが大きい。これを押さえ、雇用を創出すれば、経済は活性化する。


4、 経営環境の激変

十八世紀英国で興った科学技術をベースにした産業革命は、国力を強化する大きな力と

なり、以来、英米が科学技術文明を武器にした国つくりの仕組みを作り、世界を支配してきた。しかし、今世紀に入り、この仕組みが制度疲労を起こし、英米型統治のやり方では、急速に台頭してきている新興国を含めたこの星の持続的発展を続けることが出来なくなっている。

産業革命が始まったころは、地球上の天然資源は無尽蔵にあり、これをふんだんに使っ

てよいものを作り販売することが世のため人のためになる経営と考えられていた。しかし、戦後日本が創出した品質革命によって、製造業の生産性が飛躍的に向上した結果、欧米や日本市場では、従来、富裕層しか購入できなかった高級品が、品質が向上しているにもかかわらず価格が安くなり、中流層から下層の人々でも購入できるようになって、人々の生活水準は目覚しく向上してきた。冷戦終結後、この恩恵は旧ソビエト連邦諸国や新興国にも急速に拡大している。その結果、無尽蔵と思われていた天然資源が枯渇する事態になり、70億人の地球人口を支えてゆくための食料、水やエネルギーの確保、工業製品を作るためと人々の快適な生活を保障する様々なレジャー商品を稼動させることによって生じる産業廃棄物による環境汚染問題等々は、これまでの延長線上の経済活動やライフスタイルを継続すれば、この星の生命体としての持続が困難な状態になると予測されており、日本の伝統的な精神「もったいない精神」を全人類が学び実践しなければならない時代になった。

 識者の予測に依れば、石油は後50年、天然ガス、石炭、原子力発電用ウランやトリウムも100年くらいで枯渇するそうだ。各種のレアメタルも今世紀中に枯渇してしまう。また人間が生きてゆくために不可欠な水も、現在の世界人口の伸び率からすると2025年ごろから世界人口の40%もの人々が水不足で苦しむ時代になると予測されている。

 現在の豊かな生活を支えている発電エネルギー源、生活に不可欠な資材や製品を作る原料になっているプラスチック類、各種デジタル情報家電製品を生産するために不可欠なレアメタル類や自動車をはじめとする各種輸送機器の燃料がなくなってしまったら、我々の生活はどうなるのか、真剣に考えたら空恐ろしい未来がすぐそこで待ち受けている。豪華客船タイタニック号が氷山に衝突して沈没する前の船上の人々の暮らしぶりと、現在の我々の置かれた状況は酷似している。唯一の違いは、タイタニック号には氷山の出現を予測していた乗組員が皆無であったのに対し、今の宇宙船『地球号』には、進路上に漂流する危険物を予測しているクルーが存在することである。進路上の危険物が予測できていることは、実に有難いことである。課題が分ればそれを皆で協力して解決すればよい。

 Xデーまでに、科学技術者の創意を結集し、政治家と官僚と経営者ががっちりとスクラムを組んでこのグローブの持続可能な生存環境を確立すること、これが今私たちのなすべき歴史上の使命です。この困難な課題を克服する中心的人々は、理科系の人々である。新たなイノベーションを成功させるには、ガリレオやニュートンの時代から蓄積してきた科学的研究手法と無から有を創造する様々なMOTManagement of Technology)手法を駆使することである。この歴史的使命を担うリーダー達を育成するのが特定非営利活動法人 技術立脚型経営研究会のミッションである。この誇り高き歴史的な任務をともに果たしたい人は、老若男女を問わずどなたでも活動の輪に参加してください。そして、ともに頑張りましょう。

 

5、 これからの企業経営

 今日の混乱の根本原因は、A・スミスが警告を発した「貨幣錯誤」の誤りを世界のリーダーたちが犯しているところに有る。人々を幸せにするものは「富」であって、貨幣ではない。A・スミスは、富も貨幣も必要以上に持ちすぎると不幸になる。と警告している。衣食足って礼節を知る』と格言にあるとおり、衣食が不十分な生活状態では、家族の幸せはかなわない。国民が皆、衣食が足るような雇用環境を作り出すこと、これが為政者と経営者の果たすべき使命である。

 衣食が足りたらそれで幸せかといえば、物質的な充足のみでは真の家庭の幸せは来ない。礼節を知って初めて心の平安が訪れ、家族の団欒が出来るのである。

 

新興国では衣食を足らせる経済活動が

先進国では礼節を身に着ける社会活動が

イノベーションでは枯渇する資源の代替手段の開発活動が

サステイナブル活動では互いの個性、文化、宗教を尊重した上での自然との共存共栄活動が

国際金融では貨幣錯誤を厳しく取り締まる国際ルールと裁判制度の確立が

国際平和では戦争に使う人・物・金をイノベーションとサステイナブル活動へ転換する活動がこれからの人類の幸せを維持してゆくために必要である。

 

IT産業の革命児ステイーブ・ジョブスが56歳の若さで永眠した。彼こそはMOTの実践者であり、新たな雇用を生みだした、A・スミスが理想とした企業経営者の一人である。自分が創設したApple社を、良かれと思って招聘した貨幣錯誤に毒されたスカリに追い出され、苦労の末に復帰して今日のApple社に再生させた彼の経営理念は、MOTを目指す企業経営者のよき手本になるであろう。