調査研究

技術の多元性と階層性

                          理事長 許斐義信

 

技術を基盤にした経営を、本組織では“技術立脚型経営”と呼んでいますが、通常、経営戦略という課題で扱う事業成功の諸論理を超える叡智が求められます。その理由は、技術の企業経営における諸特性に依存しています。

第一に、技術は人、金、物、情報などに並んで経営資源である。(経営資源性)

第二に、技術は、それを供与することで対価を得ることができる。(製品価値性)

第三に、技術は、それを構成する製品に競争優位性を付与することができる。(競争優位性)

そして第四に、技術を広く公開することで事業基盤を形成することができる。(事業基盤性)

技術が持つこのような多様な根源的特性は、技術を経営に生かす、つまり技術のマネジメントには欠かせない要件で、技術が持つ階層性や多元性を熟知することは、技術を企業経営の基盤に据えた企業に於いては特段に重要な基本的叡智である、と考えています。

 

本組織は、8年間に及ぶ実務家と研究者と討議を重ねてきた交流と研究活動をベースに、技術立脚型経営の在るべき姿を探求することを目標にして設立したのですが、先ずはその解析の概要を、技術の諸特性との関係を切り口として、簡単に紹介しておきます。

μプロセッサー:世界最大のメーカであるインテルを育てμプロセッサーへ傾注させたのは小型電子計算機であり時計であったが、その走りの製品は日本電子計算とセイコーの半導体集約化の要請を引き金に起こった技術革新であった。しかしその後のPC化への流れには追従できず、“事実上の世界標準”となったWINTELには結果的に適わなかった。

D-RAM:半導体では微細化に関する技術マップの延長線上に次世代の技術仕様を先導する競争が継続してきていたが、電子の井戸を多層化する高エネルギーイオン注入機の導入に躊躇したのを契機に世界市場を先導的に取り込み果敢に投資を断行した三星電子やマイクロンに市場を奪われ、日本企業は撤退の余儀なきに至った。また新技術への取り組みの遅れただけではなく、設備投資に躊躇し、支配してきていた市場を放棄したことは事業面から観て致命傷であった。それは技術が持つ“市場拡張性”を評価できなかったという課題でもあった。

ケイタイ:通信機器ではATM交換機で一旦は世界を制覇したが、軍事技術の民営化で通信の技術ドメインの変革を取り込めず、インターネットで後塵を拝した。また無線通信でも、インターネット接続を含む世界が羨む程の技術革新を先導しながら、世界市場へ飛躍する機会を逃した。特に第三世代ケイタイでは、技術の国際標準化に成功し技術面で主導権を握った米国クアルコムの“技術プラットフォーム”に依存せざるを得なくなり、コア技術の開発さえ放念せざるを得ない事態に陥り、事業的に混迷状態が継続している。

液晶30年間以上も先行していた液晶の技術開発と事業展開の経験を持ちながら、TVへの応用という市場変革期に、設備投資に躊躇、デバイスとしての市場化を放棄したため、部品・材料などの要素技術を含めて一気に国際的に拡散し、部品事業の国際化に邁進した韓国や台湾勢に略全ての事業基盤を奪われた。その投資判断には負債による資金調達を回避しようとするキャッシュフロー経営の維持や自社製品の“競争優位性”に過度に拘った、その一連の技術戦略が影響した。

 

本組織では技術の事業化プロセスに焦点を当てているだけではありません。これらの事例は経営的判断の結果ですから、以下に列記するように、更に広い経営的視点から技術立脚型経営を位置づけることも、また可能です。

①事業展開に関する視点が国内市場や既存製品に限定されていた可能性

②海外の競争企業の戦略を含む動向に関する推定に甘さがあった可能性

③市場規模が小さく見積もっていた可能性

④事業化投資、特に設備投資に関する資金調達が負債に依存し、それを極小化した可能性

⑤技術開発の主導権(設備や部品など)に関する評価に誤算があった可能性

⑥技術による事業支配という戦略的リスクを斟酌できなかった可能性

⑦日本の市場特性と海外の市場特性を見誤った可能性

 

この種の技術に関わる経営領域を、『技術立脚型経営』と定義し、主として三つの機能を果たしたいと考えています。

その第一は、技術経営課題の討議と研修活動で、その場では経営課題の切り口として研究者による知見を紹介するが、同時に経営の実務家による“生きた経営”を俎上に載せ、経営の視点から参加者と課題提起者とが議論する場を提供していきたい。

第二は、研究活動で、技術の経営的視点での数多くの未知な領域があり、研究チームを組織して、個々の課題に関心を持つ人々が叡智を出し合い、いずれは、本組織として報告書に纏めることを目標にしたい。

そして第三は、研修活動と研究活動との成果を広報活動を通して関心ある方々に公開し、より広い視野から技術立脚型経営を高度する一助のなればと、希求しています。

 

御関心のある方や興味を持たれた方々の本組織への参加を期待しています。