調査研究

ビジョンはイノベーションに必須か

                            理事 野津英夫

 

激しいグローバル競争における日本製造業勝ち残りの鍵はプロダクト・サービス・コンテンツ・システムイノベーションを梃にした事業開発であると確信する。1970年代初頭のバブル崩壊まで、日本の製造業は世界を席巻したが、その原動力となったのはTQC,JIT等のプロセスイノベーションであり、これを背後で支えたのが、イノベーションによる生産設備の進化であったと言っても過言ではなかろう。これにより、高品質と生産性が達成され競争の原動力となったと言える。これは品質に裏付けられた低コスト戦略として総括できるのではなかろうか。米国を中心としたグローバルな教育機会の提供、ITの進化による先端情報の容易な取得により、この二十年で先発企業と後発企業の技術格差が短時間で消滅する時代となったことは明らかである。加えて先進国と新興国の賃金格差、政府による企業支援等も相まって、電気電子分野を中心に次々と競争に敗れる事態となっている。筆者はその根底にあるのは、技術格差の短時間消滅にあると考える。日本製造業の低コスト戦略による成長の時代は既に終わっており、戦略を意識することなく過去に成功した手法を繰り返して成長を持続する道は絶たれていると考えざるを得ない。しかしこのような状況においても高いグローバル競争力を持つ日本企業が少なからず存在し心強い限りある。これら企業の共通点は、規模の大小に関係なく長い時間をかけて蓄積してきた基盤技術により、競合とは一味も二味も違う顧客価値を提供する差別化戦略にあるようである。この究極の姿は破壊的イノベーションであると考えるが、規模を問わずグローバル競争に勝ち残るためには、プロダクト、サービス、コンテンツ、システムイノベーションを差別化戦略に立脚して成し遂げることに尽きると考える。この方向に向けて組織のベクトルを合わせていくためには、考え抜かれたコーポレートビジョンが必須であると考える。ビジョン実現のための経営方針、組織運営、人財育成、企業文化・風土の在り方を、外部環境の変化を踏まえて変革していくことにより初めて組織のエネルギーをイノベーションに向けていくことが可能になるであろう。このビジョンは競合他社とどう違い、従って経営の立ち位置が競合他社とどう違うかが明確でなければならない。立ち位置の明確な違い、実行へのトップの揺るがない決意なきビジョンは、迫力がなく他社との横並びとなり社員にとっても達成意欲のわかないただのスローガンと成り果てるように思う。もっともインパクトのある破壊的イノベーションは、そのアイデアを考えた個人あるいは組織が可能性と価値を信じて挑戦して行くことにより、初めて実現の可能性が期待できる確率的プロセスである。成功するとしても長い年月を要することは避けがたく、持続して取り組める環境がなければ具現化のプロセスは機能しないであろう。既存の技術価値の新しい組み合わせ、場合によってはこれに新しい技術価値を付加し、新しい事業価値・社会価値を創出していくプロセスなので、蓄積された基盤技術をサイロにしまいこむことなく縦横に活用するとともに、他社との協業も視野に入れた取り組みも可能でなければならない。イノベーターの存在と共に、これが可能な風土と全プロセスを的確に運営できるすぐれたリーダーの存在も必須である。企業経営は短期成果と長期成果の絶妙なバランスにより初めて持続的成果が得られると信ずるが、後者は、しばしば前者の犠牲となることが多いのも事実である。長期視点に立脚して基盤技術の持続的強化・拡充を行い、同時に信念を持ってイノベーションを推進するリーダーの育成に少しでも貢献できるJCTMとなるように微力を尽くしたい。