調査研究

ビジネスリーダーシップと標準化

                           理事 高橋 修

 

最近、優れた技術を開発してもビジネスで成功しない企業が多い。日本企業には横並び思考があり、ひとつの会社が新製品を出すと、他社から同等製品が矢継ぎ早に売り出され、あっという間に価格競争となり赤字に追い込まれる。成長市場として注目される中国でも、日系企業は苦戦を強いられている。製品投入から1,2年たつと超低価格の模倣製品が氾濫し、進出2,3年でシェアが激減し赤字事業に転落している。その結果、家電、TV、PC、携帯などのほとんどすべての製品で日本企業の敗退・撤退が続いている。優れた技術だけではグローバル市場で勝てないことを証明している。

一方、メディア処理や携帯通信技術のような分野では、技術難易度が高く、相互接続性が必須なため、技術の根幹を抑えると長期間支配に成功している。QUALCOMの3GチップやMPEGパテントプールはその例である。

この違いは、開発当初からのビジネスリーダーシップと標準化への戦略に大きく左右されると思われる。これまで、多くの日本企業が標準化をゴールと認識していたが、本来はスタートと認識しなければいけない。また、技術開発に当たり、どのような形でビジネスリーダーシップをとるかを明確にしておく必要がある。

中国市場で製品が大幅にシェアを落とす中で、現地製品に使用されるキーパーツの多くは日本製のようだ。たとえば、エアコンの製品シェアが低下する一方で部品は大幅にシェアを拡大している。ノウハウの部分をブラックボックス化すれば優位は確保できる。 

技術開発・標準化はあくまで事業競争力を高める一つの手段であるが、国際標準化のみならず普及の仕組み、継続優位を確保する戦略を担保していなければ意味がない。

多くの日本企業が苦戦しているとは言え、強い技術の開発の重要性は言うまでもない。強い技術とは、機能・性能・低価格を実現する技術が特許や国際標準の枠組みで守られているものを言う。以下にこれまでの国際競争と標準化プラットフォームの経緯を紹介する。

 

デファクト標準が世界を席巻した時代(~2000年)

PCやルーター、携帯電話に代表されるICT産業の技術開発と標準化プラットフォームに代表される。技術開発とビジネス構造の変革を一対として考える戦略である。これらの製品では、米国のベンチャー企業が中心にコア技術を開発し、それまでの垂直型構造の製品から水平型製品へ構造転換することで世界を支配した。INTELCPUMicrosoftOSCISCOの通信OSがその代表である。彼らは、コンソーシアムや卓越したアーキテクチャを創造しインタフェースを支配した。加えて、競争優位を継続するための上位互換実現技術やOSのアップデート、新技術を持つ会社の買収を間断なく継続した。その結果、

ビジネスのリーダーシップを米国企業が握ることになった。日本企業は単なるアセンブリー企業となり、平均的に利益率が3%低下したとの報告もある。

 

WTO合意によるグローバル標準重視の時代(2000年代)

2001年WTOのATB協定が批准される。これは、各国独自の国内標準を禁止するもので、画期的な国際ルールの確立である。中国が後追いで自国の3G携帯電話方式を無理やり標準に押し込んだことをみても、その拘束力の強さがわかる。一方で、メーカ単独での標準獲得が難しくなった面もあり、国家レベルの争いの様相を呈している。

近年、垂直型産業の典型といわれた自動車産業にも標準化の波が押し寄せている。ソフトの急増により、単独で開発することが難しくなったことや、ITSに見られるように車同士や周辺インフラとの通信により安全を確保することが必要となりつつあるからだ。ハード・ソフトの標準化部品の導入は、メーカでのSIや安全性の担保が難しくなると予想され、標準化は車内LANOS、開発ツールなど限定的になるかもしれない。

 

産業をまたがる複合化技術の標準化の時代(2010年代半ば~)

エネルギーの有効利用や地球環境の維持の重要性が叫ばれている。その対応の一つとして、Smart citySmart gridなど新しい社会インフラの構築、実証実験が盛んである。社会インフラに関わる技術の標準化は従来のような一つの業界に閉じた検討では決められない。都市設計、電力網設計、ICT、自動車、電子部品などを総合的な検討、最適化が必要であり、国情によっても解が異なる可能性がある。こうした複合技術の標準化は産業の枠を超えた検討が必要で、縦割りの日本にとって試練とも言える。2020年と言われている電気自動車(EV)の本格普及に合わせ、標準化機関での議論が注目される。

 

最後に、アップルの成功について紹介する。アップルは端末・センター・メディアサービスを垂直統合し、新しいビジネス優位モデルを構築した。単一業界を超えたITとメディアを融合した新しいプラットフォームで仕様をブラックボックス化して支配した。HMIの技術の先進性のみならず、ビジネスモデル創造の卓越さで、オープン化が避けられないとの常識を覆した。今後の標準化へ一石を投じたとも言える。